ヴァイオリンの習い事効果とは?他分野でも活躍できる「非認知能力」と脳科学の証明

■はじめに

私はこれまでアメリカと日本で25年以上にわたり、たくさんの生徒たちとヴァイオリンを通じて向き合ってきました。

前回の記事『ヴァイオリンは一生の友になる|子どもと大人の音楽教育』では、音楽、ヴァイオリンが人生の豊かな居場所となり、長く寄り添う友になるというお話をしました。今回は、そこで少し触れた「ヴァイオリンの練習プロセスで育まれる力」について、さらに一歩深く踏み込んでみたいと思います。

■忙しい方のために この記事の要約(3つのポイント)

  • 世界トップ校が評価する理由:私の教え子たちがUC Berkeley、Yale、Harvard等の世界最高峰の大学へ進み、他分野で活躍できるのは、ヴァイオリンを通じて「7つの非認知能力(生き抜く人間力)」を養ったからだと考えます。
  • 脳科学と経済学の証明:楽器演奏が脳の自己コントロール力を物理的に発達させ、スポーツ以上に地道な「やり抜く力」を育むことが、最新の研究で明らかになっています。
  • 音の先にある景色へ:ただ音を出すだけでなく、自ら計画を立てて暗譜を成し遂げた生徒の「小さな奇跡」の実例をもとに、一生ものの人間力を育む伴走型レッスンの本質をお届けします。

■ プロを目指さなくても、ヴァイオリンを学ぶ意味

ハーバード大学

私の生徒のなかには、UC Berkeley、Yale、Harvard、Carnegie Mellon、Princetonといった、世界トップクラスの大学へと進学し、現在は科学、IT、ビジネス、医学など、音楽とは異なる「それぞれの専門分野」で輝いている生徒たちがいます。

(左はHarvard University)

彼らは決して、特別な英才教育を受けたわけではありません。それでも世界最高峰の舞台で活躍できるのはなぜでしょうか。

それは、ヴァイオリンという楽器と実直に向き合うことからも、生涯の武器となる「非認知能力(テストの点数では測れない、生き抜く人間力)」を圧倒的な高い次元で養っていたからだと考えます。

世界のトップ校が、入試において「音楽を深く学んだ経験」を極めて高く評価するのには、明確な理由があります。

そしてこのことは、決して子どもたちの教育に限った話ではありません。40代、50代、60代といった大人やシニア世代にとっても、ヴァイオリンという楽器に実直に向き合う日々は、眠っていた非認知能力を何度でも鮮やかに呼び覚まし、人生の器を広げてくれる最高の営みなのです。

イエール大学

今回は、ヴァイオリン教育がもたらす「7つの非認知能力」とそれを裏付ける科学的エビデンスについてお話しします。

■ヴァイオリンとの日常が育む「7つの非認知能力」

ヴァイオリンは、今日始めて明日弾けるようになる楽器ではありません。ミリ単位の指の置き方、弓の角度や脱力の度合いなど、常に自分の身体と音に向き合う必要があります。この毎日の練習プロセスこそが、以下のような能力を自然と引き出します。

1. 内発的動機づけ(自ら進んで行動する力)

誰かに「やりなさい」と強制されるのではなく、自分の内側から「こう弾きたい」「これを達成したい」と願う力です。これが育つと、学問でも仕事でも、自走できる人間になります。

(※この「内発的動機づけ」が子どもの中でどのように開花するかについては、後半のセクション『自分で計画を立て、暗譜を成し遂げた「小さな奇跡」』にて、私の大切な生徒の実例を詳しくご紹介しています。)

2. 自己管理能力(計画性と自律性)

限られた時間の中で、今の自分に何が必要かを客観的に捉え(メタ認知)、目標に向けて日々の練習を組み立てるコントロール力です。

学生たちはみなとても忙しいです。朝から学校へ行き、帰宅後には山のような宿題が待っているときや、試験があることもあります。そのうえで、学校外でのアクティビティー・習い事(ヴァイオリンのレッスンなど)も行うあります。しっかり睡眠や食事をとることもとても大切な生活一部です。限られた時間のなかで、どのようにすれば効果的で効率のよい練習ができるのか を私はいつも生徒たちに提案しています。

3. レジリエンス(逆境に負けない、折れない心)

思うようにいかない時期や、本番でのプレッシャー、予期せぬミスタッチという「壁」を、間違えを恐れずにその場で、あるいは地道な訓練によって柔軟に乗り越えていく精神的復元力です。

ヴァイオリンを学ぶうえでも、学業における試験のような、本番 がたびたび訪れます。私たちはみな人間ですので、心や身体はいろいろなことに影響を受けます。本番で力を発揮できない場合も多々あります。そんな上手くいかなかった苦しいときに、指導者として生徒の心にどのように寄り添い、次への一歩を共に向き合うのか。この点も、私が教育において最も大切にしていることのひとつです。

4. 他者への深い共感力(エンパシー)

演奏する曲のキャラクター(性格や景色)を深く想像し、それを自分の音で描き、表現する行為は、他者のバックグラウンドを思いやる深い共感力を磨きます。

5. 傾聴力と協調性(アクティブ・リスニング)

ユースオーケストラ

特にオーケストラや室内楽(アンサンブル)において、ヴァイオリンは「自分のパートを弾きながら、同時に周りの音を注意深く聴き、呼吸を合わせる(対話する)」ことが求められます。他者の声を聴き、調和を見出す力は、社会でのリーダーシップに直結します。オーケストラという大きな組織の中で演奏するということは、単に楽器を合わせるだけでなく、チームの一員として自分の役割を自覚し、果たす という高い社会性を育みます。主張すること(音を出すこと)と、他者の声を聴いて調和を作る能力のバランスは、社会における最高峰のリーダーシップと協調性に直結します。

6. メタ認知力(課題発見・解決能力)

「なぜ今、理想の音がでなかったのか?」「楽器が鳴らなかったのか?」などを常に自分の耳で聴き、客観的に原因を分析して修正していくルーティンは、最先端の研究や技術開発における課題解決プロセスそのものです。

私のレッスンでもよく生徒たちに問いかけます。「今の演奏を自分ではどう思いますか?」「なぜですか?」と。この対話が自ら力を育てます。

7. ディテールへの集中力(クオリティへのこだわり)

弓の毛が弦に触れる際の微妙な感覚など、微細な変化に神経を研ぎ澄ませる集中力は、将来どんな専門分野に進んでも、成果物のクオリティを極めるための圧倒的な強みになります。

こうした研ぎ澄まされた繊細な感覚は、1年や2年で簡単に養えるものではありません。何年もかけて、少しずつ、少しずつていねいに生徒たちの心の器を広げていくこと。その地道な歩みこそが、人間教育としての音楽の本質だと考えます。

この「心の器を広げるプロセス」は、大人になってからヴァイオリンを学び始めた方や、シニア世代にとっても全く同じことが言えます。年齢に関係なく、楽器に向き合う時間はいつでも私たちの人間力を呼び覚ましてくれるのです。

■ 世界の脳科学と経済学が証明する「音楽教育の価値」

アインシュタインとヴァイオリン

指導者としての私のこうした実感は、近年の脳科学や行動経済学の研究でもはっきりと証明されています。

近年、日本の教育界でも大変注目されている、ノーベル経済学賞受賞者のジェームズ・ヘックマン教授の著書『幼児教育の経済学』では、人生の成功(その人が将来どんな分野で活躍できるか)において最も重要なのは、認知能力(テストの点数)ではなく、地道にやり抜く力や折れない心といった「非認知能力」であると提唱されています。(Fostering and Measuring Skills: Improving Cognitive and Non-Cognitive Skills to Promote Lifetime Success)

ジェームズ・ヘックマン教授が専門としているのは

経済学の中でも「教育経済学(人間教育への投資効果を調べる学問)」という分野です。

また、ドイツ経済研究所(DIW Berlin)が若者たちを対象に行った長期追跡調査(2013年)でも、長期的に楽器を習得した子どもは、スポーツなど他の習い事をしている子どもたちに比べて、非認知能力の指標である「誠実性(地道にやり抜く力)」や「新しい挑戦への開放性」が圧倒的に高くなるというデータが出ています。(DIW Berlin – How Learning a Musical Instrument Affects the Development of Skills / EconStor Open Access PDF)

さらに、アメリカのバーモント大学のHudziak博士らによる大規模な脳科学研究(2014年)では、ヴァイオリンをはじめとする楽器の訓練を行っている子どもは、脳の「注意制御」「不安や感情のコントロール」「計画性」を司るエリア(大脳皮質)が、そうでない子に比べて物理的にも有意に発達していることが発表されました。

■ 自分で計画を立て、暗譜を成し遂げた「小さな奇跡」

この「内発的動機づけ」「自己管理能力」「レジリエンス」が子どもの中でどのように開花するかを示す、忘れられないエピソードがあります。

私がオンラインで指導しているアメリカの中学2年生の男の子は、小学3年生のとき、身体的な特徴(手の硬さなど)から、一度は周囲に「才能不足ではないか」「ヴィオラへ転向すべきか」と悩まれた大きな壁(逆境)がありました。

しかし、そこから「今できないのは伸びしろの証」という私の信念のもと、レッスンを重ね、実直に練習を重ねた結果、わずか1年後には地域選抜オーケストラ(Honors Orchestra)に合格。さらにその後、発表会を控えた彼は、私から「無理をせず楽譜を見て弾くこと」を勧められていたにもかかわらず、自らの強い意志(内発的動機づけ)で計画的に練習を重ね、4ページにわたるハイドンの協奏曲を自ら進んで完璧に暗譜してみせたのです。

誰に言われるでもなく、自分で時間と感情をコントロールして目標をやり遂げた彼の姿は、まさにヴァイオリン教育が育む「非認知能力」の生きた実例そのものでした。

(この感動的な成長のストーリーは、過去記事『オンラインヴァイオリンレッスン:暗譜チャレンジの小さな奇跡』で詳しくご紹介しています。)

■ おわりに:楽しさの、その先にある景色への誘い

楽譜の通りに音を出す、その先にある本当の対話へ

私は日本に来てから、アマチュアのオーケストラのお手伝いをさせていただいたことが何度かあります。先日、あるアマチュアのヴァイオリン奏者の方から「アマチュアのオーケストラの手伝いをして楽しいですか?」と尋ねられました。その時私はうまく答えられなかったのですが、後から自分の心に問い直して気づいたことがあります。

私にとって音楽は、どこかシンプルな祈り(日常の一部)のようなもので、そこに「楽しい・楽しくない」という個人の感情はあまり関係がありません。目の前に楽譜があったら、ただただ当たり前のようにそれを表現する。楽しさを消費するためではなく、音楽という大きな存在に向き合う、そして、音楽を通して自分にも向き合う、音楽のために自分のベストを尽くすという、意味のある時間なのです。

だからこそ、アマチュアオーケストラをお手伝いしているときに、みなさんが音楽を愛し、楽譜の通りに音を出せるのに、その先にある表現や意思が感じられないことに、どこか「もったいないな」と感じてしまうことがあります。表現を加えるのは、みなさんにならできそうなものなのに と。

音が並んでいる状態 と 音楽

音にはキャラクター、エネルギー、色などがこもっていなければいけない。うまく言えませんが、そんな気がするのです。

曲のなかには星の数ほどの音符が書かれていますが、まず、大切なのは音楽がどこに向かって運ばれるのかということ。その楽章のキャラクターがその音に反映されているかどうか。

暗い音、明るい音、控えめな音、主張のある音、ピントの合った芯のある音、やわらかく溶け込むような音。。。そのうえで、その音の持つエネルギーはどのようなものなのか。次へ向かって推進させるエネルギーなのか、後退させるのか、そこに浮かんでいるかのようなのか。。。

そのようなキャラクターやエネルギー、色などが音に宿ったとき、ただの音符は命を持った音楽の一部へと変わるのです。

本質的なヴァイオリン教育をこれからも

実はつい最近、イェール大学を卒業し、自身の専門分野で非常に成功している元生徒のお母さまから、大変嬉しいメールをいただきました。どんなに忙しい毎日を送っていても、彼は今でも友達ときときヴァイオリンを楽しんでいるとのことでした。指導者として、これ以上の喜びはありません。

日本にはアマチュアオーケストラという豊かな土壌がありますが、それほどアマチュアオーケストラ文化が広く根付いていないアメリカであっても、ヴァイオリンが「一生の友」となり、人生の傍らにあることは、子どもが未来を広げていくにしても、大人が忙しい毎日のなかを航海していくにしても、その人の人生にかけがえのない彩りを与えてくれるに違いないと、改めて確信させてくれました。

音楽のプロを目指さなくても、大人になっても、この「音の先にあるもの」を目指すことは、いつでも戻ってこられる温かい居場所を手に入れることなのです。

そんな本質的な価値を持つヴァイオリン教育の形が社会にもっと広まれば、教える側である私たちヴァイオリン教師のステータスや環境も、もっと正当に、社会的にも高く評価されるようになっていくと信じています。

間違えを恐れずに、音をだすことのその先にある景色に触れ、常にそこを目指せる力を養う機会を与えること。そして、その道のりを隣でじっくりと伴走すること。

これからもそんな指導を大切に、生徒さんたちの一生の旅に伴走していきたいと思っています。

音の先にあるものに触れてみませんか?

江東区東陽町|大人のためのヴァイオリンレッスン(初心者・ブランク歓迎)

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