
ヴァイオリンは基本的にはメロディー楽器なので、ギターやピアノのようにメロディーとハーモニーを奏でられる楽器と比べると、ヴァイオリンひとつのために書かれた無伴奏作品はそれほど多くはありません。私は一時期、無伴奏ヴァイオリン作品にとても興味を抱き、無伴奏リサイタルを毎年行っていた時期があります。ピアノと一緒でないと、音色的に非常に限られることもあり、最初は先生には反対されましたが(笑)
バッハの無伴奏作品はいつから勉強をはじめるのですか?
「バッハの無伴奏ヴァイオリンのためのソナタとパルティータは、いつ頃から勉強を始めるのでしょうか?」
生徒さんや保護者の方から、よくいただく質問のひとつです。
結論からいえば、私はクロイツエル教本の後半、特に重音やコードの学習が本格的に始まる32番以降に到達した頃を、ひとつの目安として考えています。
もちろん、技術的な到達度だけでなく、生徒さんの年齢や音楽的な理解力、譜読みの力、そして何より「弾いてみたい」という意欲によっても適切な時期は変わります。そのため、絶対的な基準があるわけではありません。
私自身はクロイツエルを学んでいる途中で先生が変わったことをきっかけに、バッハの無伴奏作品の勉強を始めました。前の先生は「難しいから」といって、バッハを勉強することはとめられていたので、新しい先生について、バッハを勉強できると言っていただけたのは本当に大きな喜びでした!
確かに難しい作品群ですが、譜読みでも時間がかかりますし、音楽表現を考えると、リサーチも含め、それ以上に時間がかかるので、あまり後伸ばしすぎるのもよくないような気がします。
私が最初に取り組んだのはパルティータ第3番です。その後、全曲をひと通り学び、同じ先生とさらにもう一度学び直しましたが、それでも「まだ弾きこなせていない」と感じました。そして、教えている今でもときどきバッハを練習します。
その経験から、バッハの無伴奏作品は「いつ弾き始めるか」よりも、「何度も繰り返し学び続けること」が大切な作品群だと思っています。
この記事では、
- バッハ無伴奏作品はどのレベルから学び始めるのか
- ソナタとパルティータの難易度の違い
- ASTACAPやABRSMなどの試験制度における位置づけ
- 私自身が学んだ順序
- 現在、講師として生徒さんにおすすめしている学習順序
について、実体験を交えながらご紹介します。
まず結論を簡単にまとめると、私が初めて無伴奏作品に取り組む生徒さんにおすすめする順序は次のとおりです。
- パルティータ第3番(最後のGigaから始めると入りやすい)
- パルティータ第2番(シャコンヌ以外)
- パルティータ第1番
- パルティータ第2番 シャコンヌ
- ソナタ第1番
- ソナタ第2番
- ソナタ第3番
もちろん例外はありますが、多くの生徒さんにとって無理なく進めやすい順序だと感じています。
クロイツエル以降がひとつの目安
クロイツエル「42の練習曲」の32番以降には、重音(ダブルストップ)やコードの練習が数多く登場します。これらはバッハの無伴奏作品を学ぶための大切な準備になります。
さらにその前段階として、ドント作品37「24の練習曲」の19番以降にも重音や重音進行の学習に役立つ練習曲が含まれています。
私自身はクロイツエルの後半に差しかかった頃にバッハの無伴奏作品を学び始めましたが、生徒さんを指導している現在も、このあたりをひとつの目安にしています。
先生によって導入方法は異なる
私は後ほど述べる順番で先生に導いていただきましたが、他の先生方はまた異なる考え方をお持ちです。
例えば、重音の少ない楽章だけを取り出して早い段階から学ぶケースもあります。パルティータ2番のAllemanda をまず最初に始める方々もたくさんおられるのを知っています。私の恩師もその一人だそうです。若いうちからバッハに親しませたいという考え方も十分理解できます。
一方で、あまりに早い段階ではフレーズ感や和声感を理解しきれず、音楽的な指づかいを身につけることが難しい場合もあります。
私がアメリカで指導した生徒のひとりは、どうしてもこの中学校に入学したいので、バッハの無伴奏作品を弾かなければ!というお気持ちから、すでに他の先生と勉強をはじめていたパルティータ2番のAllemanda を引きついで指導したのですが、ベースラインなどをなかなかうまく理解できず、苦労したのをとてもよく覚えています。
そのため私自身は、クロイツエルに到達した頃を目安に、譜読みの負担が比較的少ない楽章から導入することが多いです。
なお、私はバッハの無伴奏作品を学ぶ前に、テレマンの《12のファンタジー》から数曲も勉強しました。
バッハ無伴奏ヴァイオリンのためのソナタとパルティータ難易度一覧
まずは、私自身の演奏経験と指導経験をもとに、6作品の難易度を一覧にまとめてみます。なお、一般的には「シャコンヌが最難関」と考えられることも多いのですが、私自身はソナタ第2番や第3番のフーガを含む作品全体の構成力や音楽的理解の面で、さらに高い難易度を感じています。
| 作品 | 独自難易度 | 私の独自コメント |
|---|---|---|
| パルティータ第3番 | ★★★★☆ | 最初の1曲として最後からはじめるのがおすすめ。 |
| ソナタ第1番 | ★★★★☆ | ソナタのなかでは最も取り組みやすい |
| パルティータ第2番 | ★★★★☆ | シャコンヌを含む名作 |
| パルティータ第1番 | ★★★★☆+ | スタイルのむずかしさ |
| ソナタ第2番 | ★★★★★ | 音楽的理解の成熟が求められる |
| ソナタ第3番 | ★★★★★+ | フーガの長大なので、全作品中でも最高難度をつけてあります |
もちろんこれは私個人の経験にもとづく評価ですので、異なる意見をお持ちの方もおられると思います。
のちにも記しますが、私はパルティータ第3番の最後の楽章から学び始めたため、非常に身近な作品として感じています。また、ひとつひとつの楽章が比較的短いことも取り組みやすい理由です。
ソナタ第1番も私にとっては親しみやすい作品です。フーガは3つのソナタのなかで最も短く、無伴奏ソナタの入口として適していると思います。
パルティータ第2番はシャコンヌを含むことで有名ですが、ソナタ第2番や第3番ほどの難しさは感じません。シャコンヌは長いですが、3つのセクションに分かれますので、セクションずつ丁寧に取り組んでいけば可能です。
一方でパルティータ第1番は、技術的な難しさ以上に音楽的な、スタイルの理解が求められる作品だと感じています。
そしてソナタ第2番、第3番は、作品の規模や内容の深さという点で、やはりひとつ上のレベルに位置すると考えています。
ソナタとパルティータの違い
バロック時代、これらの用語は特定の種類の器楽作品を指していました。
ソナタは教会ソナタ(ソナタ・ダ・キエーザ)の形式に基づく作品です。
通常は4楽章構成で、
- 緩徐 (slow)
- 急速 (fast)
- 緩徐 (slow)
- 急速 (fast)
という流れをとります。
特に第2楽章には対位法がふんだんに用いられたフーガが置かれ、複数の声部を同時に表現する高度な技術と理解が求められます。
一方のパルティータは舞曲組曲です。
アレマンド、クーラント、サラバンド、ジグなどの舞曲を中心に構成され、それぞれが比較的短い楽章になっています。
また、パルティータ1番のダブルとは変奏曲のこと。Allemanda and Double, Corrente and Double, Sarabanda and Double, Tempo di Borea and Double このように4つの舞曲と変奏曲が対になっていますので、セットで学びます。
難易度という観点では、一般的にはソナタよりパルティータの方が取り組みやすいのではないかと感じています。
さまざまな団体によるバッハ無伴奏ヴァイオリンのためのソナタとパルティータ難易度評価
ASTACAPではLevel 8以降
ASTA(American String Teachers Association)のCertificate Advancement Program(ASTACAP)では、バッハの無伴奏作品が登場するのはLevel 8以降です。
ASTACAPにはLevel 10まであります。
Level 8には、
- ベリオ 協奏曲第9番
- ベートーヴェン ロマンス ヘ長調
- ドヴォルザーク 4つのロマンティックな小品
- ハイドン 協奏曲 ハ長調
- ヴィエニャフスキ 伝説
などが含まれています。
私自身も、このくらいのレベルになってから無伴奏作品を本格的に学ぶのが自然だと感じています。
興味深いことに、ASTACAPでは無伴奏作品を楽章ごとに細かく分類しておらず、「Solo Sonatas & Partitas」とひとまとめにされています。
これは、指導者が生徒の能力に応じて適切な楽章を選択することを前提としているためだと思われます。
ASTACAPについてはこちらの記事もどうぞ:
大人になってからの再挑戦に。ヴァイオリン検定試験:ASTA-CAPで「評価を得る喜び」を再び
新しいヴァイオリン教本6巻に掲載
日本で広く使われている『新しいヴァイオリン教本』では、第6巻にバッハ無伴奏作品が登場します。
収録されているのはパルティータ第3番より
- プレリュード
- ロンド風ガヴォット
です。
プレリュードに憧れる生徒さんも多いと思いますが、日本の代表的な教材において最初の無伴奏作品として選ばれているのがこの曲であることは非常に興味深いと思います。
ヴィオッティ23番を終えた頃の生徒さんにとっては、移弦や重音に苦労することも少なくありません。
しかし、どの楽章から始めたとしても、バッハの無伴奏作品は一生を通じて学び続ける価値のある作品群です。
ABRSMではGrade 8以降
英国王立音楽検定協会(ABRSM)では、Grade 8の課題曲としてパルティータ第2番のアレマンダが採用されています。
Grade 8は実質的に最高グレードであり、
- エイミー・ビーチ ロマンス
- ラロ スペイン交響曲よりアンダンテ
- チャイコフスキー 協奏曲よりカンツォネッタ
なども同じレベル帯に含まれています。
さらにディプロマ試験FRSMでは、
Partita No. 1 in B minor, BWV 1002: 7th and 8th movts, Tempo di Borea and Double
Sonata No. 1 in G minor, BWV 1001: 1st and 2nd movts, Adagio and Fuga: Allegro
ディプロマ試験LRSMでは、
Partita No. 1 in B minor, BWV 1002: 7th and 8th movts, Tempo di Borea and Double
Partita No. 3 in E, BWV 1006: 1st and 2nd movts, Preludio and Loure
Sonata No. 1 in G minor, BWV 1001: 3rd and 4th movts, Siciliana and Presto
Sonata No. 2 in A minor, BWV 1003: 3rd and 4th movts, Andante and Allegro
Sonata No. 3 in C, BWV 1005: 3rd and 4th movts, Largo and Allegro assai
なども課題曲に指定されています。
Suzuki Booksには収められていない
世界中で愛用されているSuzuki Booksですが、バッハの無伴奏ヴァイオリン作品は収録されていません。
その代わりに、無伴奏チェロ組曲の楽章が教材として採用されており非常に興味深いですね。
Royal Conservatory of Music (Toronto)では Grade 8 以降
以下は、The Royal Conservatory of Music(RCM)through ARCT(Associate of the Royal Conservatory of Toronto) では
Grade 8
- Partita No. 2 in D minor, BWV 1004: Giga
- Partita No. 3 in E major, BWV 1006: Bourrée, Minuets I and II, or Gigue
Grade 9
- Sonata No. 1 in G minor, BWV 1001: Adagio
- Sonata No. 3 in C major, BWV 1005: Allegro assai
- Partita No. 1 in B minor, BWV 1002: Courante
- Partita No. 2 in D minor, BWV 1004: Allemande, Corrente, or Sarabanda
- Partita No. 3 in E major, BWV 1006: Gavotte and Rondeau
アメリカ All-State Orchestra Solo Repertoire List
アメリカ All-State Orchestra Solo Repertoire Listにおける、バッハ無伴奏作品の難易度の評価は以下の通りです。20を最高難易度とした場合の評価です。
- Partita No. 2 in D minor Allemande 8/20
- Sonata No.1 in g minor Presto 10/20
- Partita no.2 Giga 12/20
- Partita no.2 Corrente 15/20
- Partita no.3 Preludio 16/20
- Partita no.2 Ciaconna 19/20
これらの情報を見ると、移弦や音楽表現の難易度は別としても、あまり重音やコードが含まれない舞曲楽章や、ソナタのなかの3楽章、4楽章も早めに学ぶ方もおられるだろうことがわかります。一方、各ソナタのフーガやシャコンヌはこれらのリストにも載らないくらいの難易度であるわけです。
私がパルティータ第3番から学び始めることをおすすめしている理由も、このような難易度の違いにあります。
バッハ無伴奏ヴァイオリンのためのソナタとパルティータ:私が学んだ順序
私はクロイツエル教本を学んでいる途中で先生が変わったことをきっかけに、無伴奏作品の勉強を始めました。
前の先生からは「まだ難しいから」と言われていたため、新しい先生に「勉強してみましょう」と言っていただけた時は、曇り空のなかに一筋の光がさしてくるかのように本当に嬉しかったことを覚えています。
私が学んだ順序は以下のとおりです。
パルティータ第3番(最後のGigaからはじめる) → パルティータ第1番 → パルティータ第2番 → ソナタ第1番 → ソナタ第2番 → ソナタ第3番
各作品の楽章については、パルティータ3番を除き、基本的に全曲を最初から順番に学んでいきました。
今振り返ると、とても理にかなった順序だったと思います。
講師である私がおすすめする学びの順序
現在、生徒さんを指導する立場になって感じるのは、必ずしも全員が同じ順序で学ぶ必要はないということです。
ただし、一般的には次の順序が取り組みやすいと思います。
- パルティータ第3番
- パルティータ第2番(シャコンヌ以外)
- パルティータ第1番
- パルティータ第2番 シャコンヌ
- ソナタ第1番
- ソナタ第2番
- ソナタ第3番
もちろん、生徒さんの技術レベルや性格、興味、目標によって順序は変わります。大人の生徒さんであれば、ソナタの3楽章、4楽章も前にもってくることができるように思います。
それでも、パルティータ第3番から始めて徐々に作品の規模や対位法の複雑さに慣れていく流れは、多くの方にとって無理のない進め方ではないかと思います。
バッハの無伴奏作品は、一度弾いて終わる作品ではありません。
私自身も今なお勉強を続けていますし、新しい発見があります。以前よりも音楽的に難しいことに気づくこともありますし、数日前には、過去に難しいと感じて敬遠していた楽章に触れてみると、その嫌な感触がなかった という驚きの体験を味わいました!!
みなさんはどの作品から学ばれましたか?あるいは、どの作品から始めてみたいと思われますか?
もし「自分はまだ早いのではないか」と迷っておられる方がおられたら、まずは先生と相談してみてください。とくにカイザーをきちんと終えて、クロイツエルに入れば、パルティータ3番の舞曲楽章などから少しずつバッハの無伴奏作品の世界に触れ始める価値は十分にあります。
他の作品もそうですが、とくにバッハの無伴奏作品は、一度触れて終わりではなく、一生をかけて何度も向き合うことのできる特別なレパートリーだと思います。
ぜひ体験談もお聞かせくださいね。
バッハ無伴奏作品は一人ひとりのレベルや目的によって最適な順序が変わります。
当教室では生徒さんの状態やご希望に合わせて無伴奏作品の導入を行っています。
江東区東陽町|大人のためのヴァイオリンレッスン (初心者・ブランク歓迎)
よろしければこちらもどうぞ:ヴァイオリン協奏曲の難易度:私がたどった勉強の道のり